レポート

【現地レポ】東京ドーム8個分の鯉淵学園で見た、日本の農業 "あと5年" の崖

はじめに

茨城県水戸市に、東京ドーム約 8 個分(35ha)という広大な敷地を持つ農業学校があるのをご存知でしょうか。

公益財団法人 鯉淵学園農業栄養専門学校 。

創立から 80 年、卒業生は 8,000 名以上 。かつては日本三大農業学校の一つとして"農学校の東大"とまで呼ばれた、由緒ある教育機関です。


先日、その鯉淵学園さまの「トマト祭り」にお邪魔し、理事長の森啓一様、理事の常井孝之様から直接お話を伺う機会をいただきました。
そこで耳にしたのは、「あと 5 年で、日本の農業は世代が切り替わる」という、現場の生々しい危機感。
そして同時に、それに真正面から向き合い、ご自身の時間も労力も惜しまず動いている人たちの姿でした。

この記事では、現地で見たもの・聞いたことを、できるだけそのままお伝えします。

鯉淵学園とは

鯉渕学園ロゴ

鯉淵学園の歴史は、満蒙開拓の研修施設として始まり、昨年で 80 周年 を迎えられたばかりです。

「他の人の行くことを嫌うところへ行け、他の人の嫌がることをなせ。」

── 初代学園長 小出満二

この建学の精神は、いまも学園の至る所に息づいています。

学科と現在の規模

学科は2つ。

  • アグリビジネス科(農業生産・経営・販売を実践中心で学ぶ)
  • 食品栄養科(栄養士養成施設・厚生労働大臣認可)

現在の生徒数は約 75 名、うち農業科は約30 名。

県外からの学生も多く、寮も完備されています。
アフリカや ASEAN からの留学生もいて、国際色豊かなのも特徴です。先生方の多くは卒業生で、技術と精神が世代を超えて受け継がれています。

ドローンや農機具の国家資格も取得可能で、eラーニング講座も開講。卒業後は就農される方はもちろん、一般企業に就職される方もいるそうです。

ドラマのロケ地にもなる、歴史ある校舎

校舎の一部は 水戸市の文化財 にも登録されており、ドラマのロケ地として使われることもしばしば。歩いているだけで映画のセット?と錯覚するような、独特の空気感のある場所でした。

鯉渕学園建造物

理事長 森氏が語る、日本農業の "あと 5 年"

今回の取材で印象に残ったお話のひとつが、理事長の 森啓一様 のお話でした。

森様の経歴は少し変わっています。

監査法人トーマツ、税務会計事務所、IT 企業を経て、現在は IT 会社の代表を務めながら、理事長も兼任。文字通り二足の草鞋で日本の農業教育を支えていらっしゃる方です。

そんな森様はお話の中で、ふと静かに、しかし強い口調でいくつかの数字を並べていかれました。

「日本の食料自給率は今、38% です。
国土の 約2,700ha が、すでに外国に買われています。和歌山では水源まで。
耕作放棄地は、埼玉県と同じ面積に匹敵する規模になっています。
そして、あと 5 年で、世代が切り替わる。」

数字を聞きながら、想像していた以上の状況だと感じました。

なぜ "あと 5 年" なのか — 数字で見る日本の農業

「あと 5 年で、世代が切り替わる」。森理事長のこの言葉は、感覚的なものではなく、ほぼ確定した未来を指しています。

[農林水産省「農林業センサス」](https://www.maff.go.jp/j/tokei/census/afc/2025/index.html) によると、

  • 基幹的農業従事者の平均年齢が約68 歳
  • 65歳以上の基幹的農業従事者が70%
  • 49歳以下の割合は11%

平均 68 歳の方が、5 年後には 72〜73 歳。多くが引退年齢を迎え、しかもその 多くは、継ぐ人が決まっていない。

「意識改革は進んできている。それよりも"終わっていく"スピードのほうが早い」

森様のこの言葉には、現場で学生と向き合い続けてきた人ならではの重みがありました。

主食もコメから小麦に切り替わりつつあり、家畜のひな鳥も飼料も、ほとんどが輸入。かつては自給率 100% だった国が、いまは 38%。ニュースで数字を眺めるのとはまったく違う、現場の温度で迫ってきました。

経理出身の冷静な分析眼と、80 周年の伝統校を背負う使命感。両方を持つ方に出会ったのは、初めてでした。

35ha の広大な農場

現地で最初に発した言葉は、「広ーい!!」でした。

敷地は 35ha、東京ドーム約 8 個分 。

そこで栽培されているのは、米、さつまいも、トマト、きゅうり、ぶどう、梨、栗、筍、ネギ、ブルーベリーなど、数えきれないほどの作物。しかもこれを 約 30 名 の学生さんで管理されているそうです。

果樹栽培のハウスの様子
果樹栽培のハウスの様子

「こんな広い敷地、本当に見きれるんですか?」と思わず聞いてしまったところ、先生はさらりとこう仰いました。

「いや、普通の農家さんはもっと少ない人数で、もっと広いところを見てますよ。これくらい普通です。」

農家さんの凄さを、改めて知りました。

学生だけでなく、地域に開かれた "市民ファーム"

広大な敷地の一部は、学生以外の一般の方向けに開放 されており、地域の方が農作物を育てる「市民ファーム」として運営されています。

教育機関でありながら、地域コミュニティの拠点 にもなっている。これも鯉淵学園さんならではの姿でした。

トマト祭り当日の賑わい

さて、当日のトマト祭りの様子です。会場では、トマトの旬に合わせた、

  • 豚トマト丼 の振る舞い
  • トマト収穫体験
  • 直売所でのトマト販売

が行われていました。

直売所で売られているトマト
直売所内で売られていたトマト
豚トマト丼
豚トマト丼。いい香りがしました。

地元の方が本当にたくさん来られていて、お子さん連れの家族や、近所の常連さんで賑わっていました。直売所には、学園で採れた農作物だけでなく、地域の生産者さんの野菜やジャムなどの加工品も並んでいて、ふだんから地元との繋がりが深い場所であることが伝わってきます。

ちなみに、私が個人的に「おっ」となったのが ネギの花(ネギ坊主) 。生えている状態で見たのは初めてでした!

ネギ坊主
学園産のネギ詰め放題も行われていました

出会った "変わった品種" たち

鯉淵学園さんは 直売所をメインの販路 にされている関係で、

  • 白いにんじん、紫のにんじん
  • 赤い大根、紫の大根
  • 黄色いトマト

など、変わった品種・彩りの良い作物にこだわっておられます。

収穫体験でいただいたカラフルな野菜たち
収穫体験でいただいたカラフルなトマトとまっすぐなきゅうり

ただ、現場ならではのお話も伺いました。

「珍しい色だと、警戒して買わないお客さんも多いんですよ。黄色いトマトは『熟してないんじゃないか』とか……」

味だけでなく、お客さんの "色のイメージ" とも戦わないといけない。これも農業の一面なんですね。

トマト「ハウスパルト」

ハウスに入れていただき、最初に体験したのが ハウスパルト という品種のトマトの収穫。

トマトの付け根を 親指で押す と「ぽきっ」と取れるのですが、これがちょっとコツがいる。何個か潰してしまいながら、ようやく感覚を掴みました。

まだ青いハウスパルトという品種のトマト
収穫体験は大人気で、熟したトマトはすでに少なくなってました!

驚いたのが、ハウスパルトは 「ホルモン処理が要らない品種」 だということ。

普通、トマトは大きい実をつけるために すべての花にホルモン処理 をするそうで、これがめちゃくちゃ手間。それが要らないというのは、生産者にとって大きな違いです。

「品種の違いって、こんなに作業負荷を変えるんだ」。知っているようで知らなかった、農業の最先端でした。

ミニトマト「キャンディポップ」

これも初めて知りました。名前の通り、お菓子みたいに甘く、形は少し細長いミニトマトです。

ぱくぱく食べてしまうやつです。

収穫させていただいたトマト
細長い形をしているのがキャンディポップです!

きゅうり「フリーダム」

正直、いちばん衝撃だったのがコレです。

フリーダム という品種のきゅうりは、表面の イボがなく、つるっとしていて、まっすぐ 。
そして食べてみると、青臭みがまったくなくて、クセがなく、とても美味しい。

「きゅうりの概念が変わる」と、思わず口に出ていました。スティックでそのままバリバリ食べたいタイプ。

きゅうりの子供
きゅうりがなっている様子

たくさんいただいて、本当にありがとうございました。

理事 常井氏の挑戦

学園を支えるもうお一人、理事の 常井孝之 様にも、長くお話を伺うことができました。

アフリカで気がついた、もう一つの使命

常井様は茨城のご出身で、長年 コンサルタントとして、また海外取引支援の事業 に携わってこられた方です。

転機になったのは、40 歳の頃に訪れたアフリカでのご経験。

「お金を追いかけるよりも、自分には他にやるべきことがある」。 そう価値観が大きく変わったそうです。

その後、経営者コミュニティで森理事長と出会われ、前任の理事長が退かれるタイミングで、鯉淵学園のお話が舞い込んだのだそうです。

「学園を建て直したい」という思い

公益財団法人として、また地域の農業教育の灯を絶やさないために、学園そのものを建て直したい。
常井様のお話の根底には、その強い思いがありました。

そしてその思いを、口だけでなく行動で形にされているのが常井様です。

次々と仕掛ける、学園の新しい挑戦

短い時間の中でも、聞かせていただいた挑戦の数々が印象的でした。

  • 直売所内レストランの復活:かつて学園で人気だった農作物のバイキングを、有名シェフとコラボして再構築する構想
  • 大手外食チェーンへのお米の卸:学園や提携農家のお米を、大手チェーンに直接買っていただく交渉
  • 冷凍弁当ブランドとの商品開発コラボ:学園のお米や食材を活かした、冷凍弁当の商品プロジェクト

印象に残った言葉

「何かがあっても、日本の自給率が 100% だったら、食うには困らない。それが、最大の安全保障ではないでしょうか。」

「これから 5 年で、国内生産を増やして生産者を守る。そして、輸出額を 5 倍にする。」

数字を冷静に語りながらも、その目はずっと、未来を見据えていらっしゃいました。

取材を終えて

「自給」の意味を、もう一度

取材から戻った直後、ちょうどこんなニュースが目に入りました。

中東紛争により ホルムズ海峡が事実上閉鎖 され、カタールやサウジアラビアといった世界有数の肥料生産拠点からの 尿素(窒素系肥料)の供給が停止。世界の肥料輸出量の約30%がホルムズ海峡を通過しているとされ、肥料価格が高騰、世界の食料生産そのものが危機に直面している

近代農業において、化学肥料は 必需品 です。窒素・リン酸・カリの「3大肥料」がなければ、いまの生産水準は維持できません。そして、その原料の多くを 日本は海外からの輸入に頼っています 。(【参考】農林水産省 我が国における農業生産資材供給の状況https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/r6_h/trend/part1/chap2/c2_3_00.html)
つまり、海の向こうで何かが起きれば、日本の畑にも直接の影響が出かねない。これが、いまの日本の農業のリアルです。
理事長の森様から伺った 食料自給率 38% という数字とあわせて、改めて「自給」の意味を考えさせられました。

日本の食料自給率の推移
【参考】日本の食料自給率の推移 農林水産省 日本の食料自給率より引用 https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html

農家さんとエンジニアは似ている

私自身、エンジニア歴6年目になりますが、取材を通して何度も思い浮かんだのが、「農家さんとエンジニアは似ている」 という感覚でした。
土の状態を観察して仮説を立て、品種や肥料を選び、結果を見て翌年に活かす。これはエンジニアがログを読んでコードを直すのと似ています。

違うのはサイクルの長さです。秒単位で動かせるソフトウェアと違って、農業は年単位で回っています。

一度植えたら、半年から数年かけて結果を見届けるしかなく、途中での方向転換もひと苦労です。

だからこそ、長年培われてきた知恵を次世代に残すためにも、過去の履歴や分析データが手元にあれば、次の一手の意思決定はもう少し楽になるのではないか。畑を歩きながら、そんなことを考えていました。

森様の「あと5年」、常井様の「自給率100%こそ最大の安全保障」。
このおふたつの言葉が、取材を終えても頭の中に残り続けています。

ノウミーも、エンジニアリングの力で、できることから少しずつ動いていきます。

まとめと、次のアクション

歴史 80 年、東京ドーム 8 個分の敷地、8,000 人の卒業生。数字だけでも凄い学校なのに、現場に立つと、もっと多くのものが見えてきました。

変わった品種への挑戦、地域に開かれた市民ファーム、国際色豊かな学生たち、そして「日本の農業教育を、次の世代へ繋ぐ」という強い思い。

少しでも興味を持たれた方は、ぜひ一度、鯉淵学園さんに足を運んでみてください。

鯉淵学園に興味を持たれた方へ

5 月 30 日には、旬野菜フェアも開催されるそうです。
茨城にお越しの際は、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

ノウミーについて

ノウミーは、「ITの力で、農業の現場とともに、未来を耕す。」をミッションに、農家さまと食べる方をつなぐサービスを開発中です。今年秋のリリースに向けて、現在準備を進めています。

ご興味のある方は、ぜひお問い合わせください。

▼ リンク

ここまでお読みくださった皆さま、本当にありがとうございました。

そして、温かく迎えてくださった 公益財団法人 鯉淵学園 の皆さま、心より御礼申し上げます。

農機具で遊ぶ山羊達
農機具で遊ぶかわいいヤギ達